あまり知られていない
さて、お目当てのミュシャ展。
さてさて、どんなかな?
時間はたっぷり。
といっても、わたしのスケジュール上、最大2時間以内の設定で。
わたしとしては意外にさっさと観たようで、1時間ちょい、ぐらいの所要時間。
音声ガイドは、今回は借りなかった香港醫美。
ちょっと中心地からはずれた博物館で、人出もそう多くなく、
ミュシャなら、まあ要らないか・・・なんて、テキト―な理由。
もともと「カメラのドイ」の創業者、土井さん(故人)が、新婚時代を堺市で過ごされたとかで、
彼の多くのミュシャのコレクションを堺市に寄付されたそうだ。
堺市内の別のミュージアムでは、常設展でいつもミュシャを観ることができる。
なので、ミュシャ展といえば、年がら年中行事、みたいな感覚botox瘦面。
土井さんのおかげなのだが。
ミュシャは、プラハ生まれ。
5年半ほど前に、プラハのミュシャ美術館で、ちらりと観たのだが、
ちいさい美術館で、「ほんとに、美術館なの?」と、思ったぐらいだった。
作品もごくわずかしか展示されていなかったし。
まるで、出店みたいで、全然、気合いが入っていない印象を受けた。
今回の堺市博物館の展覧会では、
プラハ市立美術館や、チェコ国立プラハ工芸美術館蔵の作品も結構あり、
ミュシャ美術館とのポジションが違うのだろうか。
ミュシャの絵は、誰もが一度は目にしているほど、世界中で有名だけれど、
50歳を過ぎてからの「祖国とスラブ民族の再生」に熱情を注いだことは、あまり知られていない。
数多くの油絵を観て、ミュシャが油絵を描いていたことを、わたしは、まったく知らなかった。
商業デザインのリトグラフで、一時代を切り拓き、築き上げたミュシャ。
時代の寵児となり、超多忙で、次から次へと、注文をこなしていたようだが、その作品数は、すごい。
(リトグラフだと、何枚も同時に、数多く出回るけれど)
作品の少ない芸術家もいるが、そもそも芸術家と、商業アーティストの違いって?
認められるか、認められないかHifu 效果。
パトロンがつくか、つかないか。
生活のためにやっているのか、自分のためにやっているのか。
微妙なところだ。
が、多くの人々に感動と影響を与え、ひとつの時代だけでなく、後世にも作品を遺した
そういう偉業を成し遂げた人が、芸術家なのだろう。
このブログへのコメントはmuragonユーザー限定です。